映画「点と線」、西鉄香椎駅のロケ地は、西武鉄道の東伏見駅


 節の介さんが現地調査をした報告です。
 報告には、医院や肉屋さんなどの名前が記されていますが、ネット上では除かせていただきました。ご了承ください。

                            【2007年12月1日 新設】 


 昭和33年「点と線」(東映東京) 西鉄香椎駅のロケ地の調査  2007.11.24
   ――― 西武新宿線 東伏見駅周辺にて ―――  

 1.結論
  西鉄香椎駅のロケ地は西武鉄道・新宿線の東伏見駅です。


 2.東伏見駅周辺の現在の状況
 【駅舎】
  改築されていて、外観は映画と異なっています。

 【駅南口】
 広場と周辺道路の配置は映画とほぼ同じですが、広場の樹木は、映画が細い1本に対して現状は背の高い樹木が数本に増えています。地上の構築物は建て替えられていたり、新規に建てられたりしていて、約50年前の建物は見当たりません。

 【駅の東の踏切】
 駅やホームと踏切との位置関係は映画と同様。踏切から駅南口への通路配置は変わっています。

 【駅北口】
 映画では線路に沿って看板や建物が有ったが、現状は東半分が駅前広場に変わっています。したがって、映画の背景になっていたすべての構築物が現存していません。西半分の線路に沿って建っている新しい建物群には内科、歯科、整形外科などが開業していますが、映画の内科小児科の医院の位置よりも西にずれています。


 3.昔から居住されている方々からの聴取内容
 映画の背景になっていた北口の看板(「(牛)豚(肉)販売(〇〇肉店)」、「〇〇小型運送有限会社」、「喫茶 お食事 〇〇」、「内科小児科」、「八百〇」)や建物の画像のプリントを提示して、東伏見駅周辺のものかどうかを次の方々に質問しました。
 【Aさん(男性)】
 「これは当地です。肉店の〇〇さん、運送の〇〇さん、喫茶の〇〇さんです。〇〇肉店は近くに移転して最近まで営業していたが閉店された」、
 「(踏み切りに向かう)この道路で、この映画の撮影をしていた。」、「この医院はお年寄りの先生が開業されていた〇〇医院。閉められて転居された。」、「現在、開業している線路沿いの医院はいずれも当時は無かった。」、「〇〇という八百屋もあった。」と説明してくださいました。

 【Bさん(女性)】
 画像のプリントを見て、〇〇肉店、〇〇さんのことなどをスラスラと解説してくださいました。

 【Cさん(男性)】
 「私はこの医院で生まれました。〇〇医院です。」、「これは、〇〇肉店、運送店〇〇さん、〇〇、・・・。」「駅で夜に映画の撮影をしていたよ。」と説明してくださいました。


 4.西東京市中央図書館での資料調査
 【住宅地図】
 保管されているもので一番古い、昭和37年発行の「上保谷西武線北部住宅図」で、駅北口には踏切から西に向かって線路沿いに、〇〇肉店、小型運送、〇〇喫茶、・、・、・、〇〇医院と並んでいるのが確認できました。なお、これらよりも西側に〇〇診療所と表示された医院が示されていますが、  駅の改札口との位置関係から映画の背景の医院は〇〇医院と判断して問題ないと思われます。この地図により、関係者の発言だけでなく文書によって映画の看板と当時の東伏見駅周辺の対応付けができました。

 【写真】
 今年(2007年)の「昭和の日の記念事業」で昔の市内に関する展示パネルを100枚ほど作成した中に2枚の東伏見駅のパネルが含まれていたとのことで探して出してもらった。
 昭和46年と昭和50年の撮影で、いずれも駅南側からの駅舎の正面写真ですが、映画では西鉄香椎駅の看板で部分的にしか見えていなかった屋根と同じ形状と思える屋根がパネル写真で確認できました。
 映画の撮影時から10年以上経過しているので、駅の東側には公衆電話ボックスと売店のようなものが設置されています。

 【電話帳】
保管されているものでは一番古い、昭和54年8月1日現在のものでは、〇〇医院は既に掲載されていなく、〇〇肉店だけが有りました。


  5.満開佐倉文庫の紹介
 図書館の担当の方に今回の調査の趣旨を説明し、満開佐倉文庫のことも紹介しておきました。地元地域が載っている図書の収集に関心を持っているとのことでした。


 6.富士山
 映画で、踏切から見た東伏見駅の屋根の上に見える西の空の白いものが富士山ではないかと疑っていますが、確認することは出来ませんでした。東伏見駅の北口エリアの地名が「富士見」なので富士山が見える地域だろうと思います。なお、2つ西隣の田無駅の2階からは、西の方に富士山が見えました。

       


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